素直になれなくて ロストン郊外の小さな広場の片隅で、彼は眠っていた。 この所連戦続きだったからだろうか。 普段気を遣って人前では決して休まない彼が、これだけ近い距離に居ても気付かない。 ナターシャは、そんな彼の傍に腰掛けた。 木に寄りかかる彼の顔を覗いてみる。 色素の薄い、いかにもグラド人らしい青みがかった灰色の髪が、彼の白い肌にかかっている。 それを払い除けながら、改めて整った顔をしているなと感じた。 普段言い争いをしている時には見られない、無防備な寝顔に只見惚れてしまう。 ―本当に疲れてらっしゃるんですね 彼を起こさないように、こっそりと呟いた。 この人には安らぐ場所は無いのだろうか。 …あったとしたら、やはりあの方の傍なのだろうか。 あの方とは、彼が信愛しているグラド帝国皇子・リオンの事だ。 彼は元々リオンの「お気に入り」だった。 ナターシャが師であるマグレガー司祭と共に皇子を訪れた時も、傍には彼の姿があった。 直接言葉を交すことはなかったものの、彼がどれだけリオンを敬っているかは明白だった。 また、リオンも彼を必要としているかも感じ取れた。 皇子が皇子でなくなって、彼はルネスの双子同様に、もしかしたらそれ以上に消耗しているかもしれない。 彼はリオン皇子の変貌、そしてグラド内部が衰えていく様を直接目にしているのだ。 民の噂や司祭から話を聞き、事を間接的に知った自分でさえこんなに衝撃を受けているのに、この人はどれだけの衝撃を受けたのだろうか。 ナターシャの奥底から同情や哀れみとも違う、何か熱い衝動が彼女の感情を揺らしていた。 胸が詰まるような苦しみを感じながら、再び灰色の髪に触れる。 そして、未だ目を覚まさない彼の頬にそっとくちづけをした。 何故こんな事をしたのかは彼女自身でもわからない。 今わかるのは、彼女の中での彼への(何かの)気持ちが変わった事だけだ。 「…ノール殿」 目の前で眠っている人の名を呼ぶ。 その声に反応してか、ノールの身体が僅かに動いた。 ゆっくりと瞼を開き、自分の上に跨る聖女の青い瞳を見つめた。 「…ナターシャ殿?どうなされたのですか?」 「いえ、どうもしていないのですが…」 そのままの体勢で会話をするふたりであったが、互いの顔が接近距離にあることに気付く。 ノールが赤面しつつ顔を剃らすと、同じく赤面したナターシャが彼の身体から降りた。 その後暫くの間、沈黙が続く。 それに耐えかねたナターシャが、半ば強引に話を進める。 「の、ノール殿!そろそろロストン城へ戻りましょう。あまり長い時間姿が見えないと、他の皆さんに心配をかけてしまいますし」 「…そうですね。すみません、ナターシャ殿。わざわざ呼びに来てくださっていただいて」 「いえ…当然の事をしたまでです。それじゃあ行きましょうか」 お互いにぎくしゃくとした態度になっていることには気付きながらも、敢えてそこには触れずに、とりあえず仲間達の居るロストン城へと戻ることにした。 その場から立ち上がったノールは、何気無く自分の頬に触れた。 先程ナターシャがくちづけした場所に。 「ノール殿?」 「すみません、今向かいます」 未だ顔から抜けぬ熱をもて遊びながら、彼は先へ立つシスターのもとへ駆け寄った。 |
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