それだけ



未だ血と埃の匂いが残る。


グラド残党の一隊を蹴散らし、戦場の片隅で負傷兵の手当てをしているナターシャの姿があった。
その隣には、途惑いながら聖杖を振るうノールも居た。


治療もあらかた片付き、ナターシャはノールに声をかける。
最初のうちは他愛無い話だったものの、互いの口数が増えるにつれて激しい口論となる。

暫くして静かになる─ナターシャ、ノール共に痛々しい表情だ。
第三者が見ても気まずいと感じる雰囲気。


その空気に堪えられなくなったノールが、のろのろとその場から立ち去る。
そんな彼の姿を、ナターシャはぼーっと見つめていた。



彼女は、木陰でうたた寝をしているナターシャを見つけた。
そして起こさない様に隣に座った。


ふと人の気配を感じ、ナターシャは目を覚ました。


視線の端にマリンブルーの髪の毛が写る。
恐る恐る様子を見てみると、ルネスのエイリーク王女が微笑んでいた。

ナターシャはあたふたしながら口をぱくぱくさせたが、エイリークはそんな彼女に対して申し訳無さそうに謝罪した。


「すみません…起こしてしまったでしょう」
「い、いえ。そんな事は…!」
「気を遣わなくても良いですよ。貴女はよく働いてくれてますから。ところで…先程はどんな夢を見ていたのですか?」
「えっ」
「あんまり楽しそうな表情をしていたので、思わず覗き込んでしまいました」


エイリークの言葉に、ナターシャは明らかに動揺した。
内容はおろか、夢を見ていた事すら覚えていないのだから。

その事をエイリークに言うと、彼女はナターシャに問いかけた。


「覚えていないのなら仕方ありませんが…これは私の推測ですが、ナターシャ殿はあの方の─ノール殿の夢を夢を見ていたのではないですか?」
「…どうしてそう思うのです」
「先程、貴女達が言い争っている所を見ました。2人とも辛そうな表情をしていて、とても穏やかな気持ちで見ていられませんでした」
「……」
「昔、父上が話して下さりました。『夢は心の鏡だ。人の願望や欲望を映し出す鏡だ』と。私が思うに、貴女はあの方の事を─」
「エイリーク様!」


普段大人しいナターシャが突然大声を出し、その所為かエイリークは思わず身体を退いた。
その様子を見て正気に戻ったナターシャは、慌てて弁明に入る。


「あ…その、すみません。驚かせてしまいましたか」
「私こそ、不躾な事を訊いてしまって失礼しました」
「エイリーク様は悪くありません。あの、私…よく分からないんです」
「先程見た夢の事ですか?」
「いえ、自分の気持ちが…」
「自分の、気持ち」
「周りの方によく言われるんです、『シスターはあの闇魔道士の事を恋しく思ってるのですか?』と。そう言われても分からないんです。あの方とは、顔を合わ せる度に言い争いになってしまいます…原因は私ですが。本当はあんな態度を取りたい訳ではないのに、他の方と同じ様に接する事が出来なくて…」
「ナターシャ殿…」


ナターシャは朧ろげに自分の気持ちを話した。
日々思っている、自己嫌悪の念を。
エイリークはそんな彼女の話を、相槌を入れながら聞いていた。


暫くして話は落ち着き、ナターシャは肩で息をし酸素を補給する。
そんな彼女の背中を擦りながら、エイリークは口を開いた。


「ナターシャ殿、無理をして他の方と同じ様に接する必要はありません」
「えっ」
「貴女の気持ちは貴女にしか分かりませんから、私がとやかく言う必要はありません。でも、貴女は自分の気持ちが気付いています。その気持ちは、ここに聞け ばきっと分かります」
「あ…」


エイリークはナターシャの胸の少し上の部分に、自身の拳を突き付けた。
数秒してエイリークは、苦笑いをして話し始めた。


「えっと、出過ぎたことを言ってしまってすみません。つい熱くなってしまって…」
「いいえ、私こそ失礼しました。でも…ありがとうございます。エイリーク様のお言葉、大変胸に染み入りました」
「…良かった、貴女が少しでも元気になって」
「話を聞いて下さってくれて、嬉しかったです。…それでは私はここで」
「ええ、ごきげんよう」


軽い会釈をして、ナターシャはその場から去っていった。



夢の中の私達はいつも楽しそうだ。

何気ない会話をして、笑って、手を繋いで。
これが私の願望だというのか。
あんな風に肌を合わせて、口付けを交わす事が私の望みなのだろうか。


多分それは違う、でも完全に否定する事も出来なかった。


せめてあの人と…自然に話す事が出来たら、穏やかな時を過ごす事が出来たら。
私が望むのはただそれだけ。

そう、それだけ。




ノール×ナターシャ風味。
BGM:それだけ@aiko


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