ダーティトリック 戦場は多くの草木に覆われていた。 アカネイヤ大陸・マケドニア王国の領土は、敵の侵略を防ぐには適した土地だった。 しかし攻める柄としては、やりにくい土地だ。 木々の間を青髪の弓騎士が駆ける。 上空から攻撃を仕掛けるペガサスナイトを次々撃ち落とし、天馬の鳴き声と血の雨を降らせる。 ある程度敵の数が減ったところで、彼の体に白い煙が纏わりついた。 煙が払われると、彼が居た所に赤毛の青年が現れた。 その青年─チェイニーは、他人に化ける能力を持っている。 コピー出来るのは姿形だけでなく、その者の能力もをコピー出来る。 それ故戦力不足の時等は、軍の主力に化けて戦う事が多かった。 しかし変身が解けてしまった今、チェイニーの戦闘能力は皆無に等しい。 一応剣を振るうことは出来るが、それは付け焼き刃にすぎない。 いち早くオリジナルを見つけなければ─調子に乗って孤立してしまったチェイニーは、サバンナに放たれたウサギ状態だった。 突然空が暗くなった。 澄んだ青色の空を、数騎のドラゴンナイトがぐるぐる飛び回っている。 囲まれたか─チェイニーは小さく舌打ちした。 鋼製の槍に胸を貫かれると思ったその時、竜騎士達が次々と空から落ちた。 チェイニーは竜騎士達が動かなくなった事を確認し、辺りを見回した。 すると後方に探していた人物が立っていた。 「カシム!」 チェイニーは思わずその青年の名前を呼んだ。 カシムは訝しそうな表情でチェイニーの許に駆け寄った。 そしてそのままの表情で呟く。 「チェイニーさん、どこまで行ってるんですか…まったく、探す身にもなって下さい」 「悪い悪い。つい深追いしちまって」 「敵はあらかた片付きました。マルス王子の所に向かいましょう」 「おうよ。カシム、変身するからこっち来て」 「はい」 チェイニーが他人に化ける際、必ず相手の身体に触れなければならない。 大人しくその場に立つカシムの頬に、チェイニーが触れた。 ホースメンであるカシムに化けると馬を支給してもらえるので、チェイニーは彼に化けるのが好きだった。 それにカシムその人も気に入っていた。 彼は面白い男だよ─チェイニーはカシムと組む際、指揮官であるマルスにそう聞かされていた。 最初は疑問に思っていたが、行動を共にするうちにその意味が分かった。 無駄な事を嫌うかと思えば、妙にお人よしだったり。 冷静かと思えば、妙に熱い執念を持っていたり。 そんな賢くて馬鹿な人間が、チェイニーは好きだった。 チェイニーがそんな事を考えていると、カシムは居心地が悪そうに身をよじった。 「チェイニーさん、まだですか?」 「あ、悪い。今やる」 早く終わらす様に催促するカシムの表情が妙に可愛くて、チェイニーの悪戯心に火が点いた。 それを相手に悟られない様に、極力真面目な声で呟く。 「いくぞ…目ぇ閉じてろよ」 「……」 カシムは指示通り瞳を閉じる。 コイツ、以外と睫毛長いな。 チェイニーは口の中でそっと笑い、カシムの唇を奪った。 貪るかの様に口内を吸い上げ、わざと音を立てて離した。 白い煙が払われてカシムが目を開けると、チェイニーはすっかり自分に化けていて嫌らしい笑みを浮かべている。 それを見てカシムは顔をさっと染めた。 しかし次の瞬間にはいつもの仏頂面に戻り、カシム姿のチェイニーに文句をつけた。 「…何するんですか」 「何って、キスだけど」 「僕は男ですけど」 「知ってる」 「じゃあ何でこんな事…」 「こうすると綺麗にコピー出来んだよ」 「はあ」 チェイニーはいいかげんな理屈をつけてカシムを諭した。 その生返事からして、カシムもそれが真実ではないと分かっているだろう。 それでも良いんだ。 ただアイツを、アイツの無表情を崩したかっただけだから。 2人は、退屈そうにしていた馬達にのった。 チェイニーはご機嫌な様子で走り出し、カシムは呆れ果てながらもそれについて行った。 |
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