いちご記念日 「リオン様…そろそろお茶の時間なのでは?」 「あ、本当だ…つい夢中になっちゃったから…気付かなかった」 「今お茶と甘い物をお持ちしますね」 「ごめんねノール…ありがとう」 「いえ…」 部屋を出て行く従者を、リオンはぼんやりと見つめていた。 手元には、闇魔道に関する文献や歴史書が無造作に散らばっている。 それから暫し離れて、窓の外に意識を飛ばした。 聞こえてくるのは騎士団の訓練中の掛け声。 それと小鳥たちの可愛らしい囀り。 換気の為に窓を開けた。 春の陽射しと心地良い風がリオンに触れる。 それらに身を任せ、瞼を閉じようとした時、入り口の方からノックの音がした。 控え目ながらもしっかりと聞こえる三拍子、自分の待ち人が戻ってきたようだ。 「失礼します」 「…おかえり、ノール」 「遅くなってしまって申し訳ありません。紅茶の準備に手間取ってしまって…」 「ううん、気にしないで。それより…今日のお菓子は何だい?」 「ふふ、こちらです」 主の反応に微笑みながら、ノールは机の開いている部分に茶菓子の盛られた皿を乗せた。 ショートケーキの頂にのった苺を見て、リオンは瞳を輝かせる。 それを見て、ノールは再び笑みを零した。 「酷いよノール。14歳の男が甘い物…特にイチゴショートが好きだって別に構わないだろう?」 「違いますよ、リオン様のご様子があまりにも可愛らしかったので。お気に触ったのであればすみませんでした」 「んもぅ…可愛いって言わないでよ!」 「クスクス」 「むぅ…」 皇子と従者という関係ながら、7年来の付き合いであるリオンとノール。 ここ最近では、軽い冗談を交わすようにまでなった。 元々2人とも、そういう事を他人に言ったりしない性格であるが、それ故にお互い気楽に接する事が出来るのかもしれない。 とはいえ、可愛いと言われて余裕で「やっぱり?」等と返せるほど野太くないリオンは、差し出されたケーキを黙々と食べる事で誤魔化した。 生クリームの甘さに思わず頬が緩みそうになったが、また可愛いといわれたら嫌なので必死に堪える。 その間にも相変わらず穏やかな笑みを浮かべるノール。 そんな彼を見てリオンはあることに気付く。 「…ノールはケーキ食べないの?」 「はい。私などには勿体無いものですから」 そう言われて、リオンはなんだか悲しくなった。 何時もノールが自身を卑下する度に、リオンはそういった気持ちになっていた。 元来の性格と分かっているものの、まるで自分と距離を置かれているような気がして寂しいのだ。 後ろ向き名気持ちを振り払うかの様に、残しておいた苺にフォークを突き刺す。 そしてそれをそのまま目の前にいるノールに差し出した。 「り、リオン様!?」 「ノール、コレ食べて」 「でも…苺はリオン様の大好物なはずでは…」 「だから君に食べて欲しいんだ。ノールもイチゴ…好きだよね?」 「嫌いではありませんが…やはり、これはリオン様が召し上がるべきですよ」 頑として拒否するノールに向かって、リオンは納得のいかない表情を浮かべる。 こうなる事は安易に想像出来たが、ここまでくると何としてでも食べさせたくなる。 90%の悪戯心と10%の親切心がリオンを次の行動へと移させる。 「…こうなったら強行手段…かな?」 「えっ…?」 そう言って、リオンは手にしていたものを口にした。 暫くした後、そのまま呆気にとられるノールに口付けた。 リオンはノールへ、噛み砕かれた苺を流し込む。 口から苺が無くなった後も、リオンはノールを唯々貪った。 2人の顔が離れ、その間に透明な蜜がひいた。 「ノール…」 「は、はいっ!」 「美味しかった?」 「え!?…ええと、その…」 「だから、イチゴ…美味しかった?」 「はい…とても美味しかったです…ってリオン様!」 「ノール赤くなってる。…イチゴみたい」 「!!」 本当に苺の如く顔を真っ赤に染めたノールを見て、リオンは満足そうに笑顔を浮かべた。 そして、未だうろたえるノールの耳元で囁いた。 「やっぱり…ノールの方が可愛いね」 「……」 ノールはその言葉に言い返す事も出来ず、澄ました表情で冷めた紅茶を飲む主を唯見つめていた。 この後暫く、リオン皇子のご機嫌は眼に見える程良好だったらしい。 |
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