真実の恋愛唄



クリミア王国がディン王国国王・アシュナードの野望から解放されて3年もの時が経過した。
王家唯一の生き残り・エリンシア姫が即位し、復興の兆しが確かものとなった。



その頃―クリミア城下町。
そこの民衆の間では、吟遊詩人が唄う、先の戦いの様子を綴った唄が流行していた。


ラグスとベオクが心を通わす様を唄ったもの。
国を救った英雄・アイクを称えた唄。

様々な唄が世に広まったが、若い娘達の中で特に人気があったのは、エリンシア姫の恋愛を唄ったものだった。


今日もまた、郊外の広場の片隅で、特に人気の高い「クリミア恋愛唄」が唄われていた。



『―王国復興から暫くした後、エリンシア姫とクリミア王国を救った英雄・アイクは、将軍の位を捨てて、突如彼女の目の前から姿を消した…』


広場の中央に在る小規模な噴水の一角で語られる恋愛唄。

その周りに集まった少女達は、話の内容とそれを語る吟遊詩人の姿にうっとりしていた。
吟遊詩人は彼女達の視線に困惑しながらも、自慢の金髪を一旦まとめ上げ、再び唄い始めた。


『密かに想っていたアイクが去ってからのエリンシア姫は、私達が知る通り、クリミア王国の再建に益々力を尽した。…伝えられなかった気持ちを、胸の奥にし まい込んで…』


吟遊詩人が少女達の方へ視線を向けてみると、先程とは違い、瞳には大粒の涙を浮かべて顔を真っ赤にして抱き合っていた。
良くも悪くも、多感なお年頃のようで。

少女達の中のひとりが、複雑な表情をしている吟遊詩人に掴みかかった。


「詩人様っ!どうしてアイク将軍は地位を捨て、行方をくらましたのですか!?エリンシア様のお気持ちにも気付いていたのでしょう?」
「教えてください、詩人様っ!」
「お願いします!」


詩人の細腕に少女達が雪崩れ込んで、思わず倒れそうになる。
彼女達のパワーに押されながらも、なんとか堪えて体制を立て直す。
そして少女達に向き直り、歌う様な軽さで囁いた。


「英雄・アイクが、姫の前から去ったのは…彼には他に守る者達のがあったからだ」
「えっ、他にって…?」
「それってエリンシア様よりも大切な人なんですか?」
「エリンシアは彼が居なくとも、彼女を慕う家臣達が支えてくれる。…しかしアイクが守りたいと思っている者は、彼しか頼るべきものが無いからな」
「詩人様っ!その人ってアイク将軍の恋人なんですか!?」
「エリンシア様よりも大切な人…それってどんな方なんですか!?」
「詩人様はご存知なのでしょう?お教え下さい!」
「…仕方無いな。君達がこの唄を聞く最初の者等だ。では唄おうか、英雄・アイクの真実の恋愛唄―」


吟遊詩人は、少女達のパワーに再び押され、秘蔵の恋愛唄を唄い始めた。



エリンシア姫の傍から離れたアイクは、彼が元々団長を勤めていた傭兵団ヘと戻った。
そこには彼の「家族」とも呼べる、昔馴染みの仲間達がいた。

拠点としていた砦の最奥の部屋―戦略を練る場所である応接間に、アイクが本当に守りたいと思っていた人物が佇んでいた。
グレイル傭兵団…いや、アイク傭兵団参謀・セネリオだ。


ここでセネリオの素性について話すことにしよう。

「印付き」である青年である彼は、竜燐族の血を引く為に、ある程度歳を重ねると通常のベオクよりは身体の成長が緩やかになる。
それ故、アイクよりも年齢は上なはずなのに、見た目はか弱い少年―髪を伸ばしていたからか少女のようにも見える。
セネリオは物心付く前に両親を亡くし、義母に預けられた。
暫くした後、金と引き替えにとある賢者の処に預けられた。
義母の許でも賢者の許でも、彼が過酷な日々を送っていたのは確かだった。
その証拠に、彼は口を聞くことが出来なかった。
言葉の理解はできる。
しかし、義母の許でも賢者の許でも、彼が話す必要が無かった為に言葉を発する方法が分からなかったのだ。
賢者が病気によって亡くなり、他に頼るものがない彼は、とりあえず街に出た。
しかし言葉を話す事が出来ない為に食糧を得ることも出来ず、自然と街の隅へと追いやられた。
生きる事が面倒になった彼に手を指し述べたのは、少年時代のアイクだった。
幼いながら、その小さな身体で必死に、見ず知らずのモノを救おうとする彼の姿がとても眩しく感じたのである。
それ以来セネリオは、アイクを一番に信頼するようになった。

彼と話す為に声を出す練習をした。
少しでも彼の役に立てる様に戦術を学んだりもした。
セネリオにとって、アイクは全てだったのだ。


話を戻そう。


そんなセネリオは、アイクが傍に居る事に未だ気付いていないようだ。


普段はどんな些細な事にでも気が付く彼であったが、今は窓の外を眺めて風景や人影の様子ではない何処か遠い所を見つめていた。
…きっと未だに己の血の事で悩んでいるのだろう。

アイクは以前に何度も彼を慰めていた。
ベオクとラグスの共存により、これから「印付き」がもっと増えると思うから自身を責める必要は無い、と。

しかしセネリオは未だに思い悩んでいる様子だった。


アイクは、そっとセネリオの傍に寄った。
それから彼のその深緑の長い髪に触れた。

此処まですると流石に気付いたようで、セネリオは慌てた様子で振り向いた。
普段はぴくりとも動かさぬ顔を真っ赤にしながら。
そして、久しぶりに対面するアイクに満面の笑みを見せた(最も、他人にはそう見えないらしいが)

アイクは未だ朱が抜けぬその頬に触れ、幼さが残るセネリオを優しく見つめていた。
そんな団長の行動の意味が読み取れず、傭兵団の参謀はただうろたえる事しか出来なかった。


そんな状態に堪えかねたセネリオが、勇気を出して彼に尋ねてみた。


アイク、どうかしたんですか?―と。


アイクは何も言わずに、彼の細い身体を抱き締めた。
セネリオはそれを拒むでもなく受け入れるでもなく、アイクがこの様な行動に出た理由を話すまで、何もせずに唯身を預けるつもりだった。


しかしそれは叶わなかった。


口付けたのだ。
セネリオの固く閉じた唇に、アイクは触れたのだ。

始めは啄ばむ様に、徐々に奥深くまでに。
一旦冷めかけていた熱が再びセネリオに宿り、彼の全身の感覚を麻痺させた。

ふたりの身体が離れ、淡い余韻を確かめていた時、アイクはセネリオの耳元に何かを呟いた。


何と言ったかは私にも判らない。

ただ、それを聞いたセネリオの表情は、今まで見た中でいちばん幸せそうなものだった。

その後ふたりは、仲間の注意を受けるまで、ずっと抱き合っていたらしい―



吟遊詩人は一息を入れるついでに、また少女達の様子を見た。
本当に多感なお年頃な様で、驚愕な表情をした者や赤面したまま固まっている者、涙目になっている者等とりあえず多彩だった。


少女の中のひとりが、息を付く詩人に疑問を投げかけた。


「し、詩人様…このお話って、もしかしてアイク将軍って…」
「同性愛者だな」


詩人は、少女の疑問をきっぱりと返した。
別の少女が再び詩人に質問をする。


「あのっ、詩人様は…アイク将軍がセネリオという方に何とおっしゃったと思いますか?」
「私は…いや、やめておこう」
「何故ですか?私、とても気になるんです。アイク将軍と…セネリオさんの事が」
「…私も!何で男同士で愛し合ってるかは知らないけど、何だか気になるんです!」


今日何度目かの少女達のパワーにたちくらみそうになりつつも、吟遊詩人は答を返す。


「…それを教えてしまったら面白くなくなるだろう?君達が解釈した通りに思うが良い。それが『恋愛唄』というものだ」


納得した様なしない様な彼女達に向かって、詩人は更に付け加えた。


「それに、アイクはセネリオが男であったから惚れた訳ではない。勿論セネリオも同じだ。彼等は、互いが互いであるからこそ愛し合ってるのであって―」
「あー!!やっと見つけた!」
「「!?」」


話の途中に入り込んだ叫び声に、少女達だけでなく、吟遊詩人までも悲鳴をあげた。
声が聞こえた方向を見てみると、其所には青髪の獣牙族の青年が立っていた。


「リュシオン王子、今まで何処行っていたんですか!」
「ライ…!その、私は散歩に…」
「散歩に出かけるのにどうして変装する必要があるんですか?」


そう言って獣牙族の青年・ライは、吟遊詩人が身に付けていた麻製のマントを引き剥がす。

彼の身体から布が落ちると、其所に純白の翼を持つ鳥翼族の青年が姿を現した。
半ば諦めの表情をしたその青年―リュシオンは、上に結わえておいた金色の長い髪を解き、元のセリノス王子の姿に戻る。


それを見て今までリュシオンの唄を聞いていた少女達は、当然の如く驚きの様子を見せた。


サギの民の王族・セリノス王子のリュシオンと言えば、先の戦いで英雄アイクと共に、クリミアを救った人物のひとりである。
『クリミア英雄唄』で耳にした名前の持ち主が自分達の目の前に居る…そう感じた瞬間に、彼女達はリュシオンに飛びつこうとする。

しかしそれは、ライによって阻止された。
片腕で王子を抱き上げ、少女達に弁解を述べる。


「すまない、お嬢さん達。この方に大人しくして頂かないと、俺の命が危ういんだ」
「コラ!…いい加減私を放せ、ライ!!」
「嫌ですよ。王子にもしもの事があれば、俺が鷹王と鴉王に滅多打ちにされるんですよ?分かってます?」
「分かったから、下ろしてほしい。こんな格好は…」
「恥ずかしい、でしょう?でもこうした方が速く移動出来るんですから我慢して下さいよ」
「うわっ!…き、急に動き出すな―」


リュシオンの叫び声が響く中、獣牙族と鳥翼族の青年2人は、ガリア王国の方向へと消えて行った。


「…行っちゃったね」
「何だか嵐が去った後みたい」
「でも2人共格好良かったねーv」
「「だよねーvvv」」



リュシオン王子が唄った、英雄アイクの『真実の恋愛唄』。

それはあの少女達によって広まり、現在ではクリミア城下町で一部の女子に人気の高い恋愛唄となっていった。
その後一時期、男同士の恋愛小説を慌てて執筆する作家が見られたとか見られなかったとか。




アイク×セネリオ風味。
蒼炎クリア直後に書いたものなので、今見ると色々おかしい。


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