青い聖夜 グラドの荒地にもうっすらと雪が積もる。 敗戦国といえども、クリスマスが近いこともあり、国中の空気が少し浮立ったものになっていた。 クリスマス─闇の使徒である自分とは関係の無いはずの行事。 しかし今、他の僧達と共に神への祈りを捧げている。 闇色の長衣を脱ぎ捨て、純白の僧服に身を包み、聖職者の真似事をしている。 その原因となった者の方に目を向けた。 シスター・ナターシャ─今や高位の司祭となった聖女。 主を失い途方に暮れていた自分に、居場所を与えてくれたのが彼女だった。 周囲の反対を押し切って、自分を傍に置いてくれたのも彼女だった。 価値の無い生命を、光の世界に呼び込んだのも彼女だった。 初めのうちは反対派の者から迫害を受けていたが、今は彼女の説得のおかげでそれも無くなった。 この胸を満たしていた絶望は取り除かれ、大きな穴だけが残っていた。 剥き出しの精神に直接雪が触れ、冷たさが痛く染み渡る。 彼女のおかげで闇から抜け出せたものの、未だ光に慣れない自分が居る。 ふと彼女と視線が合い、すぐに逸らされた。 何となく気まずくなり、仕方なく意識を儀式に戻した。 ミサが終わり、後片付けをしていた。 いくら周りから受け入れられたからとはいえ、他の僧に比べて、自分はまだまだ下っ端の地位に居るからだ。 1人で行っていた為、思ったよりも時間がかかってしまった。 ステンドグラス越しに夕日の光が射し込んでいる。 最後の敷布をたたみ、聖堂から出ようとすると、重いはずの扉が開いた。 目の前には、先程まで思考の中心に居た人物が立っていた。 「ノール殿…後片付けをお任せしてしまってすみません」 「いえ、司祭様の負担が軽減されると思えば何ともありませんよ」 「もう、2人の時くらいは『司祭様』は止めてって…何回も言ったじゃありませんか」 「しかし…何時他の者が見ているか分からない場で、それは出来ません。迫害が無くなったからと言って、安心出来る訳ではありません。元グラド宮廷魔導士で ある私と、神殿の高司祭であるあなたが共に居る事を、快く思わない者も未だ居るでしょう。私は…自分に手を差し伸べて下さったあなたの傍に、出来るだけ長 く居たいのです。分かってください」 「そんな…」 どうしてまた、こんな事を言ってしまったのだろうか。 こんな事を言っても、彼女を悲しませる事しか出来ないと分かっているはずなのに。 現に彼女の青い瞳は、僅かながら水気を帯びている。 そんな事をするために、ここに居るわけではないのに。 今後の展開は読めている。 あの大きな瞳から涙を零し、訴える。そして彼女はこう言うだろう。 『あの者達は私が説得します。だからそんなにご自分を卑下なさらないで下さい』と。 しかしその予想は外れ、彼女は普段頭から被っている白い織物を取った。 蜂蜜色のウェーブヘアが全て露になる。 意味が分からずその髪にただ見惚れていると、次に彼女はワンピースの隠しボタンに手をかけた。 それを見てこれから何が起こるのかに気付き、ボタンを外そうとする彼女の手を叩いた。 その衝撃で彼女の瞳から水滴が落ちた。 「あっ…すみません」 「………」 「…何で、何故こんな事をしようとしたのですか?ナターシャ殿」 「それは…」 「神の加護を受けたこの場所で、神に愛されたあなたを汚す事は私には出来ません」 「すみま…せんでした」 「別に私はあなたを責めている訳ではありません。…リオン様を失い、闇に溶けるしか道の無かった私を、陽の当たる所へ導いてくれたのはあなただった。その あなたまで失ったら…それが怖かった。だからあんな態度を取ってしまいました。愚かな私を許して下さい」 「ノール殿…私は、あなたを許します。その代わり、私の罪を許して下さい。私は愛する方を縛り付けたいが為に、卑猥な手を使おうとしました。どうか…醜い 私を許して下さい」 「…許します…私は、あなたを許します…」 自分の手で彼女の手を包み、祈るように眼を閉じた。 その拍子で、手にしていた真紅の敷布が滑り落ちた。 『神の加護を受けたこの場所で、神に愛されたあなたを汚す事は私には出来ません』 その言葉はどうやら守れそうになさそうだ。 2人して大理石の床に座り込み、そっと口付けを交わす。 触れるだけのものだというのに、顔はみるみる紅潮し、全身から冷や汗が流れる。 思えばリオン様の元で働いていた時は、接吻だけにしてももっと荒々しく、淫らなものをされていた様な気がする。 それなのに今は、あの時よりずっと恥ずかしい。 その理由は女役ではないからだろうか、それとも別の理由だからだろうか。 恐らく彼女も、自分か初めてというわけではないと思う。 そんな彼女が自分と同様に、まるで生娘の様に初々しい反応を見せているという事は、本当に自分を意識してくれているという事だろうか。 改めて彼女の表情を見た。 赤面はしていたものの、その瞳は覚悟を決めたと訴えている。 「ナターシャ殿」 確認の意味で彼女の名前を呼ぶ。 彼女は黙って頷き、自分から唇を奪った。 それを合図に、互いの衣服に手をかけた。 彼女は自分の僧服の装飾部を外すのに苦戦し、自分は彼女が外しかけたボタンを丁寧に外していった。 もぞもぞしているうちに、お互い肌が剥き出しになり、白い塊が2つ現れる。 周囲の冷気が火照った肌に触れて気持ち良い。 ふと笑みを零し、肉の塊達はひとつに重なった。 ステンドグラスは青い光を帯びて輝いている。 陽はすっかり沈み、時刻はあれから何時間ほど経ったであろうか。 身を重ね、淫らに舞っていた塊達は、元の聖女と僧の姿に戻っていた。 身繕いが終えた後も彼女を抱き、彼女も自分の薄い胸に顔を埋めていた。 何を話すわけでもなく、ただ互いにひっついていた。 それは聖なる域で身を交わした罪悪感からか、それとも単に恥ずかしかったからか。 どちらともとれる気はしたが、今はそんな事どうでもいい。 主を失って、自分の精神は本当に闇に満たされた。 それを取り除いてくれたのは彼女だった。 しかし闇魔道に全てを捧げてきた自分からそれを取り除くという事は、今までの自分を全て否定し、新たな生として精神を無にするという事だ。 ”グラド帝国宮廷魔導士”だったノールは死に、”神官”としての新たな生を、彼女が授けてくれた。 それに対する感謝の気持ちだけでなく、愛しさに似た感情までもがふつふつと溢れ出てくる。 だからと言って、自分は彼女を愛しているとは言い難い(何故か彼女に失礼な気がするのだ) しかし少なくとも─他の人間よりは大切に思っている、と思う。 腕の中に居る彼女が顔を上げていることに気付いた。 うっすらと赤みの残る頬を撫でると、少しくすぐったそうに身体を捩った。 それを支えきれずに、まるで彼女に押し倒された様な体勢になる。 何となく気まずい空気になったその時、外からの光の色が変化した。 先程より若干青白いものになっている─おそらくまた雪が降りだしたのだろう。 胸の上で彼女が口を開く。 「雪…でしょうか」 「恐らくは、そうでしょうね」 「綺麗…ですね」 彼女から視線を外し時計の針を見ると、何時の間にか12時になろうとしている。 そう言えば今日はクリスマスイブだった。 だからと言って特に何をするわけではないけれど、昔読んだ恋愛小説の主人公達ならばこう言うのだろうか。 「ホワイトクリスマス…ですか。あなたと共に聖夜を迎えられて良かった」 「の、ノール殿!!」 よほど照れ臭かったのか、静かな聖堂中に響き渡る程大きな声で、彼女が叫ぶ。 自分でも少し恥ずかしいとは思ったけれど、別に偽りでもない。 魔道の研究は失敗に終わった、敬愛していた主を失った、祖国も滅んだ。 でも彼女が居る。それだけで自分の生きる意味がある。 例え今までと違う道を歩むことになっても、それで良い。 なりそこないの僧が言うと罰当たりかもしれないが、彼女と巡り合わせてくれた神に感謝したい。 「ノール殿、メリークリスマス…」 「ふふっ、メリークリスマス」 今日何度目かのキスを交わしたその瞬間、日付が変わった事を知らせる鐘が鳴った。 |
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