なれそめヒットチャート
木枯らしが吹く季節。
俺は街の片隅でギターをかき鳴らしていた。
隣にはヒグラシさん―最早定位置となっている。
ギターに合わせてリズムをとり、時たまキーボードの音を重ねる。
そしてこちらを見て、微笑む。
恥ずかしい様なむず痒い様な感覚が生じたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
でもたまに思う―どうしてこの人は俺の傍に居るのだろうか。
俺とヒグラシさんの音楽性は全然違うし、自分で言うのも変かも知れないが、俺は人を惹き付ける様な魅力も才能も無い。
だからそれを口に出してみた。
「だって…ナカジくんの事、好きだし」
どくん
落ち着け、俺。
何を動揺してるんだ。
そうだ、ヒグラシさんは優しい人だから、家出をしてる俺を放っておけないだけなんだ。
特別な感情なんか無いと、自分の中で言い聞かせた。
なのに、それなのに心臓の音は大きくなって。
顔はみるみる熱くなって。
まさか、もしかしたら
1%にも満たない可能性に賭けて、口を開いた。
「あのっ…」
あの日からっ♪恋に落ちた僕はいつの間にか(以下略)
「お前失せろ」
6月は嫌いだ。
何故なら梅雨があるから―雨はメイクを洗い流し、髪を広がらせる。
僕はとある電気屋に居た。
最近髪の傷みが激しくなってきたので、新しいマイナスイオンドライヤーを購入しに来たのだ。
目的のドライヤーは割とすぐ見付かり、所在を確認して売り場から離れた。
せっかく電気屋に来たんだ、色々物色しようじゃないか。
店内をぐるりと巡り、最後にDVDコーナーに辿り着いた。
気になるタイトルがあったので、手に取ろうとした。
その時
「あっ」
「え…えと、スミマセン」
見知らぬお兄さんと手が重なってしまった。
すぐ手を引っ込めたが、なんとなく気まずい。
そこで、こっそりとお兄さんの観察をしてみた。
年齢は自分と同じくらいか上。
市役所員とか学校の先生に居そうな、真面目でほんわかとした雰囲気。
痩せ型長身で、大きな水色の眼鏡が特徴的。
…笑ったら、可愛いんだろうな。
「あの…僕の顔に何か付いてますか?」
「ぜ、ぜんっぜん!なんにも付いて無いです!!」
観察に夢中になるあまり、かなり顔を近付けていた様だ。
気まずさはヒートアップするが、気まずさの他に別の感情が芽生え始めてきた。
この人の事をもっと知りたい。
この人ともっと話がしたい。
普段はこんな気持ちになんかならないのに、この時の僕は止まらなかった。
「お兄さん、お名前はなんていうんですか?」
「僕ですか?ツクバです」
「僕はナルヒコ。よろしくね、ツクバさん」
「はあ」
「それで、あの…」
あの日からっ♪恋に落ちた僕はいつの間にか(以下略)
「…アンタ誰?」
鴨川教授のもとでバイトを始めてから、1ヶ月が経とうとしていた。
時給980円、内容は書類整理のみ、勤務は午後から。
夏休みの暇潰しにしては、かなり魅力的なバイト。
雇い主がやたら気難しい事を除けばだけど。
しかし夏休みも今日で最終日、バイト期間も終わり。
もうこの人と、顔を合わせる事もなくなる。
二度と顔を合わせる事はなくなる。
―…ちくり
何故か胸の奥が痛んだ。
俺とこの人の気が合う訳が無く、些細な事で言い争いばかりしていたのに。
この頑固でしょっぼいおっさんから、ようやく解放されたと思っていたはずなのに。
気を紛らわす為に、目の前に積み上がる書類やら何やらの整理を始める。
教授は、今度の学会に提出するという論文をがりがりと書いていた。
書類の分類があらかた片付いた頃、もう一度教授の方を見てみた。
論文は書き終わったのか、はたまた休憩なのか、教授は窓の外を眺めていた。
その表情は、今まで見た事が無いくらい穏やかなものだった。
こちらの視線に気付いたらしく、教授が振り向き俺の方を見た。
そして片付いた書類たちを見て、口を開いた。
「二木くん」
「何スか」
「その、いつもありがとう」
「え!?きょ、教授が礼を言った!」
「失礼だな…私だって礼くらい言うぞ」
「…スンマセン」
「それで君は…今後もこのアルバイトを続ける気は無いか?」
「はあ!?」
「君は見た目によらず優秀だ。君が来てから、私の仕事は倍以上にはかどる様になった」
「…はあ」
「給料は君が望む金額を出そう。勿論、無理にとは言わないが…」
「…別に、俺じゃなくても良いんじゃないスか?教授に憧れてる学生さんの中には、俺なんかより出来る人はたくさん居ますよ」
何で俺はこんな回りくどい言い方をしてるのだろう。
断るならハッキリ断れば良いのに、躊躇する理由なんかないはずなのに。
まるで彼を傷付けない様にしているみたいで。
教授は歳に見合わぬ切ない顔で、俺を見上げた。
「君じゃないと駄目だ。君が居なくなってしまうと、私は…!」
次の瞬間、今まで俺を支配していた常識がぶっ壊れた。
思い立ったらすぐ実行―思春期真っ盛り男子日本代表・ニッキー様の信条である。
「教授、あの…」
あの日からっ♪恋に落ちた僕はいつの間にか(以下略)
「ショウちゃん…帰って?」
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