SHADOW MAN



─重要な書類を忘れて来てしまった。

その事を講義が始まる直前に気付き、鴨川は慌てて研究室に戻った。
開け放たれた窓から入り込む風が、彼の長い髪を揺らす。
それを少し煩わしいと思いながらも、目的のものを手に取った。

そこでふと、疑問に思う。
確か窓は閉めて出て行ったはずだ、と。
何度も確認していたから間違いは無い。

そう思った瞬間、風が冷たくなった気がした。

鴨川は人の気配を感じ振り返ったが、そこには誰も居なかった。
安堵して前に向き直ると、何かにぶつかった。
視界が晴れた時、目の前にありえないものが現れた。

伸ばしっぱなしでボサボサの髪。
ずれかけた丸眼鏡。
血色の悪い痩せこけた顔。
きっちり着込まれた衣服の上に羽織った白衣。

鴨川哲夫、その人であった。

鴨川はもう一人の自分を見て青ざめた。
書類を落としてしまったのにも気付かないくらい、ガタガタと震えている。
でもそれは、信じられない出来事に遭遇したからではない。

彼は前にも、もう一人の自分に遭遇した事があったのだ。






それは鴨川が、IDAA武蔵野支部・支部長代理に就任する前の話。

彼は支部長と、【異能】に関する資料を集めていた。
当時の武蔵野支部長は、鴨川の最も尊敬する研究者だった。
この捜索は深夜まで続き、彼等の疲労は限界に限りなく近かった。

時計の針が午前1時を指した頃、支部長が居るはずの資料室から悲鳴が聞こえた。

鴨川が慌てて駆けつけると、自分と同じ形相をした男がそこに居た。
その男は、ぐにゃりとなっている支部長の身体を抱きかかえていた。
そして鴨川の方を向き、ニタリと笑った。

「貴方の大切なものを貰い受けに参りました」

その男の足元には、無数のトカゲとムカデが屯している。
それらはいつの間にか鴨川の後ろに回り込み、退路を塞いでいる。
男は支部長の手に握られていた資料を覗いた。

「こんな方法で私に対抗出来ると思っているとは、IDAAも大した組織では無さそうだな?」
「貴様は、まさか」
「嗚呼、自己紹介がまだでありましたな。私の名前は淀川ジョルカエフ。貴殿達の研究対象だよ」
「淀ジョルっ!何故貴様は私の姿を真似ている!!」
「ヒトという生き物は実に単細胞でな。身近な人物に化ければ、容易に近づく事が出来るのだよ」
「支部長に、何をした…?」
「そんなに恐ろしい顔をしなくとも、何もしていないさ。少し意識を奪ったまでよ」
「貴様の腕に抱えられたお方を、早急に放したまえ!」
「…ううむ、実に面白い反応だ。貴殿は私を楽しませてくれそうだな?」
「何を訳の分からない事を。放さないと言うのなら、祓うまで!!」
「人間様如きの退魔法が、この私に危害を加えられる筈が無……っ!?」

鴨川が取り出したのはテープレコーダー。
彼が再生ボタンを押すと、ピアノの旋律が流れた。
それはヨーロッパのある地方に伝わる子守唄、曲は緩やかに展開される。
しかし、とある部分に差し掛かった途端に男の様子が変わった。

ニタニタとしていた表情が、余裕の無いものになっていた。

「…フン、良いだろう。今日の所は退散しようではないか」
「……」
「しかし土産は持っていかせてもらうぞ。手ぶらで帰るなど、私の主義に反するからな?」
「何ぃ!?」
「ひぇひぇひぇ…御機嫌よう、鴨川哲夫殿?」
「!」

不気味な笑い声が部屋中に響く中、鋭い閃光が走った。

それが晴れたと思ったら、資料室には何も無くなっていた。
淀川ジョルカエフの姿、膨大な数の資料、尊敬する支部長の姿。
全ては存在していなかったかの様に消え失せ、空っぽの部屋には鴨川だけがあった。

「そんな馬鹿な。これは夢だ、そうに決まっている。眠かったからな。それにしても、とんだ悪夢であった。覚めれば全て元に戻る、きっと…」

驚愕、衝撃、逃避、疲労、眠気。
鴨川の身体は、床に崩れた。

しかし彼が目覚めても、無くなったものは戻らなかった。






もうひとりの鴨川─淀川ジョルカエフは、震える男を見て目を細めた。
そして指を鳴らし、しもべ達を召喚する。

床を這う生物は、以前にも見たもの。

鴨川は今にも倒れそうであったが、なんとか持ち堪える。
倒れたら支部長と同じ運命を辿る、本能がそう警告していた。
大切なもの等の為にも、くたばるわけにはいかないのだ。

「今日は…何の用だ」
「おやまあ、随分とつれないものですなあ?懐かしい顔を見に来ただけだと言うのに」
「残念だが、今貴様を相手してやる時間は無い。私には講義があるのだからな」
「さて、いつまでそんな事を言ってられるかな?」
「っ!?」

淀川ジョルカエフがもう一度指を鳴らすと、トカゲやムカデ達が鴨川の足から這い上がってきた。

蘇る光景、震え、動機、恐怖。
脳内でフィルムが早送りされ、ノイズが鳴り響く。

ぷつり

映像が止まり、真っ暗になる。

その瞬間、鴨川の身体から力が抜けた。
ぐにゃりと倒れたが意識はある、でも声を発する事は出来ない。
1匹のムカデが潰れた感覚を感じ、激しい吐き気がした。

淀川ジョルカエフはしゃがみ込み、鴨川を見てニヤニヤ笑う。

「良い表情だな、ふひぇひぇひぇひぇひぇ…」

胸糞の悪い高笑いが、だんだん遠くに響いてく。
脳味噌がかき回されそうな感覚に襲われた後、鴨川の意識は奪われた。




リクエストで鴨川1P2P。自己設定要素が強かったと反省している。
BGM:SHADOW MAN@asyura 3rd



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