渡したい物 「マサト」 オーキド博士の研究所の廊下にて。 名前を呼ばれて振り向くと、そこにはケンジさ―じゃなくてケンジが居た。 「どうしたのケンジ」 「さっきは皆が居て渡せなかったけど、君にもう1つあげたい物があるんだ」 そう言って彼が差し出したのは、1冊のスケッチブックだった。 ケンジは少し頬を赤らめながら、更に付け加える。 「さっきマサト、ポケモンの絵描いてみたいって言ってただろ?だから、余計なお節介かもしれないけど、これを使ってほしいんだ」 「余計なお節介だなんて!ありがとう、ケンジ!!」 「無理に気遣わなくても良いんだよ」 「気なんか遣ってないよ!…ホントに嬉しい」 何でかわかんないけど、ボクの体温も少しずつ上がってきてる気がして、ちょっと気恥ずかしくなった。 こんなのおかしいと思う、でも悪い気はしなかった。 尊敬するオーキド博士と話した時でさえこんな気分にならなかったのに、どうして彼はボクをこんな、こんなに甘酸っぱい気持ちにさせるのだろう。 その時、ボクは手の中のスケッチブックの事を思い出す。 ケンジの髪の毛と同じ色の表紙のスケッチブックの事を。 彼の方も何か言う事を思い出したらしい。 「あのさ、マサト」 「?」 「君が旅をしている中で見た物、感じた物―必ずポケモンでなくても良い、マサトが興味を持った物をこれにスケッチして、僕に見せてほしいんだ。僕が気づか ずにしてる部分も、マサトならきっと見つけてくれる、君だけでなく僕自身も新しい発見が出来ると思うんだ」 「ケンジ…」 「ゴメンね、変な事言って。今日の僕、どこか可笑しいみたいで…」 「…じゃない」 ケンジはどこも変じゃない。 むしろ可笑しいのはボクの方だ。 彼の言葉ひとつひとつにいちいち反応して―現に今も、このスケッチブックに要らぬ期待を抱いてしまう。 でも、ケンジが自身の事を可笑しいと言うのなら、それは― 「ボク…ボクいっぱいいっぱい描いて、必ずケンジに見せるからね!」 「ありがとう」 「でもね…最初の1ページは今描きたいんだ」 「?」 「ケンジの事、描いても良い…?ボク、ケンジにすっごく興味があるから―ケンジの事、もっともっと知りたいから!」 「ええと、ちょっと待ってマサト。スケッチブックの1ページ目は」 「ケンジが何と言おうと最初のページは絶対それだからね!だってボク、ケンジの事…」 それ以上ボクが言葉を発する事は出来なかった。 ケンジがボクの顔を彼の胸に―まるで抱き寄せるかの様に埋められた。 しばらくしてケンジは口を開いた。 「マサト…僕の話を少しだけ聞いて。あのスケッチブックの1ページ目はね、もう僕が描いてあるんだ。元々僕が使っていたもの何かじゃなくて、その…とりあ えず見てみてよ」 ケンジはボクを解放してくれた。 そして手の中にあるスケッチブックを開いてみる。 これは確かに彼の絵だ。 無駄な線が無く、写実的。 かつ特徴が捉えられていて生き生きしてる。 …ってこれってもしかして 「ボク!?」 「…そうだよ。僕も君に興味があって、マサトがどんな子か個人的に知りたいから…だからこれを手渡した」 「あの、それは一体…」 「こういう意味」 「…わあっ!」 ボクは再びケンジに抱き寄せられた。 しかも先程よりも強く。 更に耳元で囁かれる。 「気持ち悪いかもだけど、サトシからマサトの話を聞いて…ずっと君に会いたいと思ってたんだ。実際に会って、話してみて、どんどん君に惹かれていって…」 「ボクもサトシから聞いてたよ、ケンジの事。ポケモンの絵が上手で、憧れのオーキド博士の助手をしていて、すごい人だなあって思ったんだ。もちろん実際 会った今でもそう思ってるよ?でもそれ以上に、優しくてあったかい人なんだなって思ってる」 あと一言、あともう一言足りない。 でも何て言えば良いか分からなくて、口をぱくぱくさせてしまう。 それを覆うのかの様に、ケンジは軽く口付けた。 ちゅ…と音が鳴る程度に吸われ、離れた。 一気に顔が熱くなって、ケンジの息がかかる度に涙目になった。 ほんの数秒しか塞がれていなかったのに、頭がぽーっとしてしまう。 何が何だか分からなくて、でも何となく分かるような気がして、潤んだ瞳で彼を見つめた。 「ケンジ、ボクは…」 「良いんだよ、気遣わなくて」 「気なんか遣ってないよ!ボク、ケンジの事大好きだもん!さっきのだって…恥ずかしかったけど、嬉しかった」 「マサト…ありがとう、ありがとう」 そう言うケンジにもう一度抱き締められ、唇を重ねられた(と言っても触れる程度のものだったけど) そこでボクはある事に気付く。 「ケンジ…もしかして緊張してたの?」 「うん。今までで一番緊張してる」 「えー!?それは言いすぎたよぉ」 「言い過ぎじゃないよ。初めてオーキド博士に会った時より緊張してる」 最初は冗談かと思ったけど、どうやら本当のようだ。 触れているところから彼の身体が震えているのが伝わる。 欠点なんかどこも見当たらない彼を、ここまで動揺させる事が出来たのが何だか嬉しくて、思わず顔の筋肉が緩んでしまう。 でも自分のニヤけた表情を見せたくなくて、もう一度ケンジの胸に顔を埋めた。 ボクの鼓動とケンジの鼓動とが一体になった気がして、くすぐったい。 「ケンジ…ボク、カントーを旅してまた戻って来たら、いっぱい経験を積んだら、ここに残っても良い?」 「僕は嬉しいけど…家には戻らなくても良いのかい?」 「パパとママには後で話してみるから…本当にやりたい事が出来たって、だからお願いっ!」 「僕もオーキド博士に話しておくね。そのうち助手がひとり増えるかも―ってね」 そんな彼の言葉にボクは頷く。 そして、さっきからずっと思ってた事を提案してみた。 「ねぇ、何か約束事を決めて指切りしよう?ボクは戻って来たらスケッチブックを見せるよ」 「じゃあ僕も何か用意しておくね。例えば…やっぱり言わないでおこうか」 「えー!?気になるよぉー!」 「楽しみは後にとっておいた方が良いだろ?期待しててよ」 「…んっ!」 不敵な笑みを浮かべたケンジは、ボクのほっぺたをペロっと舐めた。 |
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