お兄ちゃんのヒミツ



「こんにちは」
「え…キミはトレトレリーダーのセイギくん!?」
「はい。初めまして、クレイン所長」
「今日はどうしてここに?」
「先日こちらのリュウトくんに世話になったんで、お礼にコレをと思ったんですけど…今は居ないみたいですね」
「そうなんだよ。せっかく来てくれたのに何だか悪いね…」
「いえ、別に良いんですよ。相変わらずリュウトくんは忙しそうですね」
「ははは、彼一人に任せるのは申し訳無いんだけど、ダークポケモン達を救えるのはリュウトだけだからね」
「…立派ですね、リュウトくんは」
「ああ、まだ子供なのに単身でシャドーと戦ってる。リュウトはボク等の─ポケモン総合研究所の誇りだよ」


(…クレインさん、騙されちゃダメだよっ!!)


向こうのテーブルでお茶をしている彼に向かって呟く。

マナは知ってるんだから、お兄ちゃんが何のためにシャドーと戦ってるのかを。
正義のためでもポケモンたちのためでもなく─たったひとりの人の笑顔を自分にだけに向けて欲しいからなんだよ!



マナがそれを知ったのは数週間前。
お兄ちゃんが久しぶりにポケモン総合研究所ここ に帰ってきた時。


クレインさんとママに今までの事を報告した後、マナと一緒に遊んでくれた。
兄妹で遊ぶのは本当に久しぶりで、本当に嬉しくて、身体が動かなくなるまで走り回っていた。


「ま…マナ、もうそろそろ休んだ方が良いんじゃないか?」
「んもぅ、お兄ちゃんたらだらしないなあ。仕方ない、少し休憩…ね」
「ハイハイ。それじゃあマナお嬢様はお部屋で休んでいましょうね」
「う…うん」


お兄ちゃんは疲れて動けなくなったマナを、ベットまで運んでくれた。
その時は特に何も考えずに、ぐっすりと眠りこんでしまった。



目を覚ました時には、部屋の窓から夕日の光が入りこんでいた。
お兄ちゃんはまだいるかなあと思って、隣の部屋─お兄ちゃんの自室を覗いた。

部屋のトビラは開いていた。
中は明かりがついていて、お兄ちゃんは自分のパソコンに向かっていた。
びっくりさせてやろうと思って、気付かれないように部屋に忍びこむ。


(それにしても何を打っているんだろう…?)


画面に映し出される内容が気になって、おどろかせる前にこっそり覗き見た。
そこに表示されていたのは、とてもオーレ地方の若き勇者が打ったとは思われない文面だった。



○月×日

今日は久しぶりにポケモン総合研究所に帰って来た。
所長と母さんに、今までの事─OBSの事件やスナッチ団の奴等の事、シャドーの工場をぶっ潰した事とかを報告した。
その後は久しぶりにマナと遊んでやって、今やっと休憩が取れた所だ。

しかし─1回首を突っ込んでしまったとはいえ、面倒臭い事になっちまった。
最初はクレイン所長を悪の組織から助け出したかっただけだったんだ。
それがだんだん大事になっていって、もう後戻り出来ない所まで来てしまった。

バイラのマサには「TVにまで出ちまって、もうすっかり有名人じゃねーか」とか言われたがそんなのガラじゃねーし正直興味なんかこれっぽちも無い。
アイツには「そんなに嫌なら最初から断ればいいじゃねーかよ」とも言われた。
そのときオレはこう返した。「そんな事出来るわけねーじゃんか」と。

だからと言って偽善者ぶるわけではなく、悪い奴は許さない!とか、ダークポケモンたちを救い出してみせるとか言うわけでもない。
ダークポケモンを想う時の、クレイン所長の憂いのある表情、微妙に潤んだ瞳、不安を帯びた声色。
あれを見て断れるだろうか、いやオレは断れない。
愛する人しょちょう のホントの笑顔を向けてもらうために、明日からも頑張ろう。



「う…うわあ…」
「!!…ま、マナ!?」


あまりの内容に思わず声をあげてしまうと、さすがに気付かれてしまった。
怒られると思って身をかがませていると、お兄ちゃんは優しくマナの頭をなでてくれた。
そしてお兄ちゃんは少し悔しそうな表情をして、マナに耳打ちをした。


「今見たのは皆にはナイショな?」
「う…うん」
「マナは応援してくれるよな?」
「う、へぇ?」
「だから…クレイン所長の事」
「う…うん、もちろんだよっ!」
「良かったあ。マナに反対されたらオレ、自信無くしちゃうからさあ」


マナはあの時のお兄ちゃんを忘れない。
いつも余裕しゃくしゃくで、妙にしっかりしているお兄ちゃんが、クレインさんの事になると年相応に見える。

それが何だかおもしろくて、お兄ちゃんとのヒミツができたのが嬉しくて。
マナがそんな事を思ってるのも知らないで、お兄ちゃんは必死に言い訳をしていた。



今クレインさんは、セイギさんと彼の持ってきたケーキでお茶をしている。


やっぱりクレインさんはお兄ちゃんの気持ちに気付いているんだろうか。
…いやたぶん気付いてないんだろうけど。

お兄ちゃんがシャドーと戦っている理由は、クレインさんたちが思っているのよりずっと不純だ。
でもみんなはそんな事知らないから、「オーレの若き勇者」だなんて呼ぶんだろうな。


じっと見つめているうちにクレインさんに気付かれたようで、手招きをするような動作をされた。


「マナちゃん!マナちゃんもケーキ食べないかい?」
「ハイハーイ!今行きまーすv」
「…キミがリュウトくんの妹さんのマナちゃん?初めまして、僕はセイギ」
「初めましてセイギさん」
「マナちゃんは幸せだね、リュウトくんみたいな立派なお兄ちゃんが居て」
「…ハハハ、そうかも」


確かにお兄ちゃんの事は立派に思うけど、ヒミツを知っているだけに素直にうなずけない。
でも2人はそれを照れているんだと思っているのか、穏やかな笑みを浮かべている。


(お兄ちゃんが帰ってくるまでに…心の準備をしておいた方がいいよ、クレインさん)


今お兄ちゃんはニケルダーク島にあるシャドーのアジトにいる。
シャドーのボスを倒して…再びポケモン総合研究所に戻ってきたら、お兄ちゃんは勝負を決めるつもりだと思う。
そのときのクレインさんのあわてっぷりを想像しつつ、ショートケーキのイチゴを口に入れた。




リュウト×クレイン。
世間はリュウト受が主流みたいですが、俺は所長受を推していきます



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