身体が熱い。 ぼくの異変にはじめて気付いたのはあのひとだった。 聖ルドルフ学院テニス部恒例・練習前のミーティングの時。 観月の様子がおかしい、と赤澤は思った。 他から見れば普段と大差無いかもしれないが、よく気を付けて見れば分かる。 運動部とは思えない程白い観月の肌が、ほんのりと紅く染まっている。 それと僅かながら呼吸が早い。 何食わぬ表情で練習メニューについて説明する観月の、やけに細い手首を赤澤は掴んだ。 掴まれた本人は、驚いた様子で目を見開いている。 周りの皆も同じ表情だ。 「赤澤、何をするんですか!?」 「何をするんですか、じゃねえ!お前、体調悪いんじゃねーのか?」 「べ、別にボクは何ともありませんが…!」 「どれどれ…あ、ホントだ。少し熱がある」 身をよじる観月の額に手をあてた木更津が呟く。 その瞬間、観月が苦虫を潰した表情で赤澤を睨んだ。 それを赤澤は敢えて無視をする。 「ひとまず保健室に連れていく」 「そんな必要はありません。ミーティングを続けてください」 「観月、今日は休んだ方が良いだーね!」 「そうそう。無理をして俺達にうつされても困るしね…クスクス」 「淳…さりげに酷いだーね…」 「でも、確かに無理はしない方が良いですよ」 「しかし…!」 「お前が何と言おうが今日は休ませる。…野村、後は任せたぞ」 「あいよー」 「ちょっ…勝手に決めないで…わっ!!」 必死に暴れる観月を担ぎ、赤澤は並木道を通って校舎へと向かった。 僅かに消毒液の臭いが漂う保健室。 たまたま養護教諭が席を外していたので、素直じゃない病人を椅子に座らせ、体温計をくわえさせた。 電子音が鳴り、液晶画面を見てみると、37度5分と表示されていた。 換気の為に窓を開けると、涼しい風が入ってきて部屋に籠った空気を拭う。 観月の方へ目をやると、未だに赤澤を睨みつけている(最も、熱に浮かされているのでそうは見えないが) そんな観月の頭を撫でながら、赤澤はぽつりぽつりと言い訳を始めた。 「あー…観月、そんなに怒るな」 「誰が怒らせたと思ってるんです…ボクは何とも無いと言ってるでしょう」 「7度5分もあって何とも無いはずないだろう。いつも働いてくれているんだ、たまには休め」 「しかし…!」 「問答無用。とりあえず先生が戻って来るまで、そこのベッドで寝てろ」 「はい…」 正論で諭され、観月は急にしおらしくなる。 そして再び赤澤に担がれ、布団の中に入れられた。 保健室のベッドには不思議な魔力があるのか、別に寝るつもりが無くても眠りについてしまう。 まして本当に具合が悪い人間がそれに当てはまらないはずもなく、観月の瞼は自然と重くなっていった。 誰かの話し声で目が覚めた。 あれから何時間経ったのだろうか。 枕元の時計を見ると、5時を回っている。 カーテンの向こうから聞こえてくるのは、養護教諭と部長の声。 内容は聞こえないが、恐らく自分の話だろう。 身体を起こそうとするとカーテンが開き、声の主が自分の元に来た。 「観月、起きていたのか」 「ええ…先程目が覚めたばかりですが」 「そうか。どれ、熱は…って上がってるじゃねぇか!!」 「そうですか?…そう言えば身体が重いような…」 「とにかく今日は寮まで送って行く。荷物と制服は持って来たし、同室の野村には木更津達の部屋に泊まるように言っておいたから」 「その…すみません」 「謝るな。テニス部部長として当然の事だ。それに…俺個人としても、お前に倒れられると困る」 「えっ?」 先程の言葉の意味を問おうとしたら、すぐさま後ろを向かれてしまった。 自分でその意味を探ろうとすると、どうしてもひとつの答えしか出てこない。 しかしそれは現実ではありえない事。 自分の制服を丁寧にしまう彼の姿を観察してみた。 その背中を見ても彼の表情を伺う事は出来ない。 いたたまれない気持ちになって、涙が溢れそうになって、身体がどんどん熱くなって。 視界がぼうっとなって、再び瞼を閉じそうになる。 それをなんとか堪えて、彼に悟られない様に瞳に溜った涙を拭った。 先程よりは大人しくなった観月を再び担ぐ。 あまりに軽いその身体は、二人分の荷物の方が重いのではないかと錯覚する程だった。 校舎から寮へと続く道をゆっくりと歩く。 風が長い髪を揺らし、肌に擦れるのが妙にむず痒い。 そうして顔を歪めていると、担がれている観月が何か呟いているのに気付いた。 「あ…ざわ」 「どうした?」 「赤澤…あなたは何故ボクの異変に気付いたんです。ボクは周りに気付かれない様に努めたつもりです…現にあなたに指摘されるまで、他の者は誰一人として気 付かなかった…なのに何故…」 「それは…」 「ボクにはその理由がひとつしか思い付かない…いや、そうだと良いと願っている。ボクの直感が間違ってなかったとしたら、それは…それは…!」 「待て、観月…それ以上喋るな」 「っは…!」 「苦しいのに無理をして…あのな観月」 「…なん、です?」 「俺がお前の異変にいち早く気付いたのは…ん?」 一番伝えたかった事を言おうとした時、地方から転校してきた生徒の為の学生寮に辿り着いた。 入り口には木更津と柳沢が立っている―そう指示したのは自分だったが。 2人の元へ辿り着き、肩に担いでいた観月を下ろす。 「…赤澤、もうちょっとロマンチックな運び方は出来ないの?」 「あ?仕方無いだろう、荷物も持ってたんだし」 「ま、どーでも良いけど。観月は俺等が部屋に運ぶから、後は任せなよ」 「何かあったらすぐにメールするから、心配する必要は無いだーね」 「あ、ああ…」 木更津と柳沢に適当に生返事をし、観月の方に目を向けた。 熱で意識を朦朧とさせながらも、こちらを見つめている―まるで何かを求めているかの様に。 そんな観月の耳元で、他の2人に聞こえないように呟いた。 「観月…さっきの話の続きは、お前の体調が良くなったら話す。だから早く治せ」 「赤澤、ボクは…」 「これ以上喋るなと言っただろう。お前だけの身体じゃないんだ」 「このバカ澤…何恥ずかしい事言ってるんだ…!」 ここまで及んで、こいつはまだ憎まれ口を叩くのか。 しかしそれすらも可愛いと思ってしまう自分に気付いた。 ふと後ろに振り向くと、木更津と柳沢が気味の悪い表情をしていた。 それを見て、自分が口にした言葉の意味を再確認した。 恥ずかしさで身体が変に熱くなる。 「赤澤、それじゃあまるで妊娠した奥さんに言ってるみたいだよ…クスクス」 「何かお前と観月だと妙にリアルだーね」 「おっ…お前等!!」 「しーっ!病人の前で大声出すんじゃないだーね♪」 「くっ…俺はもう帰るぞ」 「じゃーね、赤澤」 あの2人から逃げるようにして、学生寮から離れた。 顔が熱くて風を浴びるように走ってみたけれど、熱は一向に身体から離れてくれない。 この身体がまるで自分の身体でない気がして、思わず叫び声をあげてしまった。 自分がこうなってしまった原因の事を考え、また身体がうずいた。 ボクの異変に初めて気付いたのはあの人だった。 最初は何故、自分の細かな変化を察する事が出来たのか疑問に思った。 原因と思われる事をいくつか挙げて、まとめてみると…どうしてもひとつの答えしか出てこない。 しかしそれは自分の希望であり、欲望で、妄想でしかない。 でもそれがもしただの妄想でなく、真実であったとしたら。 ボクは迷いなくあの人に抱き付くだろう。 それを思うと身体が熱くなった。 |
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