夏にマフラー Side N 罪も嘘も無いその瞳に、あたしだけを写してくれるの。 包んでくれる優しさは、ねえ、どこからやってくるの? 未だ寒さが抜けない3月上旬。 冷たい風が身を刺す中、俺はいつもの公園で待ち合わせをしていた。 俺をここに呼び出す人はひとりしかいない。 口許にマフラーを引き上げて眼鏡を曇らせていると、待ち人がやってきた。 「ナカジくーん!」 「あ、そんなに慌てて走ると…」 「え?…っとと、うぎゃっ!」 「やっぱり。大丈夫ですか?」 「うう…ゴメンね。って、メガネメガネ!」 痛さで地面に蹲るヒグラシさんに手を差し伸べると、彼は転んだ衝撃で吹っ飛んだ眼鏡を探し始めた。 俺もそれを手伝っていると、小奇麗な紙袋と一緒に近眼用の眼鏡が転がっていた。 「ヒグラシさん、コレです」 「ありがとう。助かったよ」 「この紙袋もですか?」 「ああ、それはナカジ君にあげようと思って」 「俺に?」 「うん。開けてみてよ」 ヒグラシさんに促されて中身を見てみると、今自分が巻いているものとほぼ同じ型のマフラーが入っていた。 それを広げて見ていると、ヒグラシさんは照れ臭そうに話し始めた。 「ナカジくんのマフラー、端の方がちょっとほつれてたでしょ?だから講義中にこっそり編んでたんだ」 「こっそり編んでたんだって…まさかコレ、ヒグラシさんが編んだんですか?」 「そうだよ。あんまりキレイじゃないけどね」 「そんな事無いです。…売ってるのみたい」 「はは、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」 お世辞なんか吐いたつもりは無いのに… そんな事を心の中で呟いていると、照れ隠しなのかヒグラシさんは俺の髪を軽く撫でた。 彼の手が離れた後、俺は今巻いていたマフラーを外した。 そして綺麗に編まれた新しいマフラーを身に着けた。 「あの、ヒグラシさん」 「何?」 「あ、ありがとう…ございます」 礼を言うとヒグラシさんが恥ずかしそうに笑った。 その表情を見て、顔が熱くなるのが自覚出来た。 時は流れて5月下旬。 日を重ねるごとに気温は高くなり、衣替えの季節になっていた。 流石に学ランと学帽は脱ぎ捨てたが、このマフラーだけは外す事が出来なかった。 正直言ってかなり暑い。 それでもこのマフラーを巻き続けているのは、自分がどこに居ようが誰と居ようが、ヒグラシさんの暖かさが伝わってくる様な気がするからだった。 木陰のベンチに腰掛けて涼んでいると、公園の入り口からタローの奴が走って来るのが見えた。 奴はまっすぐ俺の許に駆けつけ、棒付きアイスを差し出した。 遠慮無くそれを頂いてると、タローは俺のマフラーを弄りながら呟いた。 「ナカジぃ…このクソ暑いのに、何でまだマフラーしてんだよ」 「お前には関係無い。てかウザい」 「ひーどーいー!!アイス代返せっ!」 「嫌だ」 いつもであればここで終わるのだが、今日のタローはいつも以上にウザく、詮索なぞ始めた。 「だいたい制服は普通に夏服なのに、首周りだけ冬仕様って。何か理由でもあるワケ?」 「…黙れ」 「あ、図星。もしかしてキスマークがあるとか?」 「違う」 「うーん…じゃあ、好きな人にもらったマフラーだから?」 「なっ…死ねバカタロっ!」 「ビンゴー!ねーねー誰からだよー。教えろよー」 「……」 これ以上喋ると全部出してしまいそうで、必死でタローを無視し続けた。 この時だけは、いちいち返事をしてしまう自分の性格を呪った。 何かと理由を付けてタローの奴を追い払い、俺はその場でダラダラしていた。 誰かを待っている訳では無いが、何となく動く気がしなかった。 日光がさんさんと降り注ぐ中、それに混じっていた雨粒が顔に当たった。 恐らく通り雨だろうから、すぐに止むだろう。 そこでふと、空を見上げてみた。 ─夏、日差しの雨、きれいだ。 |
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